WJTOG図書室 蔵書No.04-2

〜肺がん患者さんと向き合うということ〜 編集 WJTOG広報部 (2004.9.15発行)

「肺がんとはどのような病気か」


御注意
はじめに
 この記録は平成16年5月2日に大阪市のMIDシアターにおいてNPO西日本胸部腫瘍臨床研究機構が朝日新聞社と共催した市民公開講座「朝日肺がんフォーラム-〜肺がん患者さんと向き合うということ〜」の討議録です.内容は平成16年5月2日の時点で最新のことが述べられていますが,その後新たな知見が加わり状況が変わっている場合もあります.統計学的な数字や根拠は複数にわたるものがあり,その中から講演者が適切と判断した報告や論文を引用しており,他の報告を一部異なる場合もあります.また限られた情報と時間内での講演と質疑応答であり,回答者の答えが十分に回答者の意を尽くしてわかりやすく述べられていないこともあります.より詳細なお問い合わせなどは、現在受診されている担当医の先生にお聞きくださることをお勧めします.

テーマ:〜肺がん患者さんと向き合うということ〜

「肺がんとはどのような病気か」
大阪市立総合医療センター臨床腫瘍科部長(現 兵庫県立成人病センター) 根来俊一

本日は、肺がんとはどのような病気かということについてわかりやすくお話ししたいと思います。
まず、肺がんができる肺というのは呼吸をするための臓器で、右の肺と左の肺の2つからできています。右の肺は上葉、中葉、下葉という3つの部分からなり、左の肺は上葉、下葉の2つの部分からなっています。左右の肺の間には空間があって、縦隔と名付けています。ここには心臓、大血管、リンパ節などがあります。

 肺がんがどうしてできるかということは、現在でも世界中の研究者が研究しています。可能性として考えられていることは、最初に一つの細胞ががん細胞になるにはいくつかの遺伝子に変化が起こってくると考えられています。がんに関係する遺伝子としてはがん遺伝子といって、自動車でいえばアクセルのように、がんになるのを促進する遺伝子と、がん抑制遺伝子といって、自動車でいえばブレーキのようなもので、がんになるのを抑える遺伝子があります。これらの遺伝子に異常をきたしてがんになるわけです。一旦がん細胞ができると、臨床の場で、検査でがんと認識できるような1立法センチメートル程度の大きさになるのに30回程度の細胞分裂を繰り返して1億個のがん細胞になります。この間にもさらに遺伝子の変化が起こってきます。さらに10回ほど分裂して1兆個ほどの数になると人間は死に至るのです。

 この図は色々ながんの死亡率を年次別にみたものですが、以前一番多かった胃がんは減少し、男性では1990年代前半に胃がんを抜き日本人のがん死亡原因の1位になり、女性でも胃がんと同程度になり、現在日本では年間5万数千人の方が肺がんで亡くなっていることになります。

 地域別の発生状況を男女別に見ると、色の濃い県ほど肺がんの死亡率が高いわけですが、大阪は日本でもっとも肺がんで亡くなられる方の率が高いところの一つとなっています。昭和50年と平成10年を比べてみますと、最近は高齢者の肺がんが増えてきていることがわかります。そして今後の予測として2015年には肺がんの罹患率(人口10万人当たりの肺がんになる人数)は、死亡数のみならず、発生数でも胃がんを抜いて第1位になるであろうと予測されています。

 タバコががんの原因であることは、よく知られていますが、色々ながんでタバコがどの程度がんの発生に関わっているのかまとめたものです。喉頭がんに次いで、肺がんはタバコが原因となるがんであるといわれています。
 肺がんの原因としてリスク要因(肺がんになる要因)と防御要因(肺がんを防ぐ要因)がありますが、リスク要因としては、皆さんがご存じのように喫煙が一番はっきりしています。防御要因としては、緑黄色野菜などが挙げられています。

 肺がんは、おおまかに4つの型に分けられます。腺癌、扁平上皮癌、大細胞癌、小細胞癌に分けるのですが、小細胞癌だけは治療が異なりますので、腺癌、扁平上皮癌、大細胞癌をまとめて非小細胞癌と呼んで小細胞癌と分けています。
 それぞれのがんには特徴があります。腺癌は、肺がんの約50%を占め、男女とも発生し、若年者から高齢者まで、喫煙者も非喫煙者も罹患します。主に肺の末梢にできることが多いがんです。扁平上皮癌は、男性、高齢者、重喫煙者(ヘビースモーカー)に多く、肺門部といって太い気管支にできやすいのです。腺癌では肺の末梢にできますから、レントゲンで発見しやすい一方、症状がでにくいのに対し、扁平上皮癌はレントゲンで写りにくい一方、咳や血痰など症状がでやすいという特徴があります。同じ非小細胞肺がんでもずいぶんと違うわけです。小細胞癌は特殊ながんで非常に進行が早く、見つかったときにはすでに進行していることの多いがんです。治療については、後述します。

 肺がんの症状は、実はふつうの呼吸器の病気の症状とあまり変わらないのです。咳、胸痛、痰、血痰などです。このなかで血痰は、肺がんに比較的特徴的な症状なので注意が必要です。さらにがんが進行すると、息切れ、喘鳴(ぜーぜーと呼吸の音がすること)、嗄声(声がかすれる)、倦怠感、食欲不振、体重減少が現れてきます。また、特殊ながんではクッシング症候群のようにホルモンの異常を来す場合もあります。

 自覚症状や、検診でのレントゲン異常や痰の異常で医療機関を受診すると、まずレントゲン検査、喀痰細胞診検査、胸部のCTを実施します。これらの検査で異常がみつかると、気管支鏡検査(カメラ)や針生検、胸腔鏡検査で組織を採って、顕微鏡で細胞や組織を見る病理学的検査をします。ここでがんかどうかということがわかるわけです。がんとわかれば、どの程度進行しているか調べるために、MRやCTや骨シンチグラムで全身の検査をします。これらの検査によって臨床病期(がんの進行度の分類)が決定され、治療法の選択がなされます。治療法は、進行度によって、手術がよいのか、放射線治療、化学療法、あるいはそれらの組み合わせがよいのかが決まってきます。

 最近は、レントゲンでは影がみつからずCTでやっと発見される極々早期の肺がんも見つかるようになってきました。CTを撮ったときにたまたま見つかったものです。治療は、きわめて小さいものですので、その部分だけ手術で切り取って治します。

 これは臨床病期といって肺がんの進み具合を示したものです。I期というのは肺の局所のみにとどまったがんです。II期は肺門のリンパ節まで拡がったがんです。もう少し進むと、縦隔といって右肺と左肺の間の空間にあるリンパ節に転移した場合IIIA期になります。さらに進むと、反対側の縦隔のリンパ節まで拡がったり、がん細胞による胸水がたまるIIIB期になります。IV期というのは、もっとも進んだ状態で、遠隔転移を来した状態です。肺がんでは脳、肺、肝臓、副腎、骨に転移することが多いといわれています。

非小細胞肺がんの治療方針は、I期、II期の場合は、外科手術がもっとも優れています。III期の場合は手術のみでは力不足なので、手術と化学療法(抗がん剤)や放射線治療を組み合わせた併用療法が行われます。手術ができないIIIA期の方もおられますが、この場合は化学療法と放射線治療の組み合わせが用いられます。もう少し進んだIIIB期の場合も、化学療法と放射線治療の組み合わせが用いられ、もっとも進んだIV期では化学療法のみが用いられます。ただし、以上ののどの治療法であっても全身状態が良好であることが条件となります。

 全身状態の指標というのは、PS(パフォーマンスステータス)といって、それぞれのがん患者さんの状態によって、0から4までの5段階に分けられます。抗がん剤の治療をする場合ですと、PS0,PS1の場合は抗がん剤治療ができますが、PS2になると少し難しくなります。PS3、PS4の状態になると抗がん剤治療はかなり難しい状態になります。

 私は内科医ですので、外科手術のことは詳しくありませんが、肺がん手術の基本というのは、肺がんが含まれる葉、たとえば上葉なら上葉をすべて取り除き、さらにリンパ節をみて、肺門、縦隔のリンパ節をきれいに切除することが標準です。

このスライドは、国立がんセンター中央病院の手術成績を示したものです。5年間の生存曲線を臨床病期(Stage)別に示したものですが、I期の場合は5年後の生存率は非常に高いのですが、II期、IIIA期、IIIB期と進むに従って5年生存率は低下してきます。

 このスライドはレーザー治療といって、特殊ながんの治療です。気管支の太い部分にできた、レントゲンでは写らないがんで、多くは扁平上皮がんです。血痰で受診され、痰の検査でがん細胞がみつかり、内視鏡検査で発見されることの多いがんです。この治療は、あらかじめ48時間から72時間前にレーザー光線に反応する薬を注射しておいて、その後にレーザー光線を内視鏡を使って照射します。こうすると切らないで治すことができます。スライド中央にレーザー治療前と後の写真を示します。しかし、これは極々早期のがんで、しかも肺門部の気管支にできた小さながんしか実施できません。

 次に放射線治療です。スライドは放射線治療の機械を示しています。

 もっと進んだ状態では、化学療法(抗がん剤)ということになります。残念ながら非小細胞肺がんでは、化学療法で根治することは不可能ですので、治療目標は、治癒ではなくて延命になります。

 それでは、抗がん剤でどの程度の延命効果があるのかという疑問があります。このスライドはメタ分析という方法を用いて、欧米のいくつかの臨床試験を解析したものです。これは生存曲線といって、何ヶ月後に何パーセントの患者さんが生存しておられるかを示しています。抗がん剤を使ったグループは赤色の線で表していますが、抗がん剤を使わずに緩和医療だけを行った緑色の線のグループより、統計学的に明らかに延命できることが示されています。しかし、延命の程度は僅かですから、この延命効果どう評価するかは人によってわかれるところです。

 これは非小細胞癌によく使われる抗がん剤を並べたものです。
 抗がん剤は主に併用療法で使われますが、よく用いられる組み合わせは、スライドに示すような組み合わせです。

 化学療法(抗がん剤)で「効いた」症例をいくつかお見せします。スライドに示しますのはIV期の72歳女性の非小細胞肺がんの方です。パクリタキセルとカルボプラチンという薬の組み合わせで4コース治療したところ、左の写真のように治療前には大きな腫瘍だったのですが、治療後にはずいぶんと小さくなりました。通常の抗がん剤も、副作用は強く出ますが、かなり効く方もおられるということです。

 さて、最近、皆さんもご存じのように、分子標的薬という薬がでてきました。この背景としては、分子レベルの生物学が進歩してきたことと、がんが進行する過程が分子レベルで明らかになってきたことが挙げられます。そして、そこをターゲットとする薬が開発されてきたということです。

 ところで、我々の敵であるがんも、実は簡単には大きくなれないのです。敵もいろんな工夫をしながら大きくなってきます。がん細胞が増殖するためには、がんの遺伝子に異常がなければなりません。次に、がん細胞が無制限に増殖するためには、必要な栄養を供給するための血管を新生する必要があります。このためにがん細胞から血管新生を促す様々な刺激因子が産生されるのです。さらに、がんが転移していく上には、周囲の正常な組織に侵入し、破壊、増殖していく必要があるのですが、これはがん細胞にとって大きなハードルとなります。また、遠隔転移をしていく上で、がん細胞が血管、リンパ管に侵入して他の部位に飛んでいった際に、その先で血管に接着して、さらに血管外に浸潤して増殖するということが必要になってきます。敵は敵なりにいろいろなことを克服しながら大きくなってくるわけです。このようなことが最近わかってきましたので、こういう過程を抑えることによって、科学的にがんを治そうという考え方になってきました。

 最近、肺がん領域でもっとも有名なのがイレッサという分子標的薬です。このスライドはなかなかわかりにくいのですが、細胞膜と書かれている線より上の部分が細胞の外で、下の部分が細胞の中です。細胞を増殖させる因子が、細胞膜を貫いている受容体という部分にくっつくと、増殖する刺激が細胞の中のDNAに伝わって、がんが増殖していく様々な要素が働くわけです。イレッサという薬は、ここの刺激伝導系をブロックすることによって刺激が伝わらなくして、がんに効くといわれています。

 スライドはイレッサがよく効いた患者さんの一人を示しています。69歳の女性で、以前化学療法をして、その後大きくなってきた再発の非小細胞肺がんの患者さんです。左の写真では大きながんがありますが、治療後は右の写真に示すように随分と小さくなりました。

 続きまして、小細胞がんですが、この種類の肺がんは、非常に進行が早くて、見つかった時点では60%から70%の方に、肝臓や脳や骨などに遠隔転移があります。一方で、抗がん剤がよく効くという特徴があります。治療ですが,小細胞がんの場合は発見された時点で多くの方に転移が見つかりますので,手術することはほとんどありません.がんが胸部に留まっていれば化学療法(抗がん剤)と放射線療法の併用療法をおこないます.胸部から広がって,他の臓器に転移してしまった場合は,抗がん剤の治療を行います.ここで大切なことは,抗がん剤や放射線の治療をする際も全身状態が良好(日常の大半を普通に過ごし自分で身の回りのことができること)であることが条件になります.

 小細胞がんの治療に用いられる抗がん剤は,シスプラチン,カルボプラチン,エトポシド,イリノテカン等があり,小細胞がんの標準的化学療法としてはシスプラチン+エトポシド,シスプラチン+イリノテカンの組合せがあります.

 このスライドは,小細胞がんの68歳の男性の方です.シスプラチンとイリノテカンの組合せで抗がん剤治療をしたところ,左側の治療前のCT写真にくらべ,右側の4サイクル治療後では腫瘍はほとんど消失しています.

 シスプラチンとイリノテカンの組合せの治療は日本で開発された治療ですが,現在世界中で注目されている治療法です.このスライドでは,進展した(遠隔転移のある)小細胞がんにおいて従来の治療であるシスプラチンとエトポシドの組合せと,シスプラチンとイリノテカンの組合せを比べた生存曲線を示しています.シスプラチンとイリノテカンの組合せのほうが生存曲線が明らかに上にある(シスプラチンとイリノテカンの組合せの治療を受けた患者さんの方が長生きしている)ことがよくわかります.

 限局型小細胞がん(がんが胸部にとどまっている)では,抗がん剤と放射線療法の併用が行われます.日米で多施設共同研究が行われ,併用療法をした場合は,手術しなくても生存期間中央値が2年前後,5年後に生存している患者さんも4人に1人にまでなってきています.

 さて,みなさんがお持ちの抗がん剤のイメージはどのようなものでしょうか.「副作用が強い」,「副作用が心配だ」というのが一般的な思いではないでしょうか.副作用を挙げてみますと,吐き気,食欲がなくなる,髪の毛が抜ける,等々を思い浮かべられるでしょう.

 抗がん剤の副作用として,自分でわかる副作用には,吐き気,食欲不振,下痢,便秘,口内炎,発熱,脱毛など色々あります.患者さん自身ではわからない,検査ではじめてわかる副作用もあります.特に白血球減少は,痛くも痒くもないのですが,白血球が減ると細菌に対する体の抵抗力が落ちて,敗血症など重症の感染症が起こり,中にはそれで亡くなる方もあります.症状はないですが,怖い副作用です.ほかに,血小板減少,貧血,肝機能障害,腎機能障害もあります.これらの副作用の出現のしかたには個人差があって,困ったことに抗がん剤の治療をしてみないと副作用の程度がわからないという点があります.

 しかし,副作用を軽減する支持療法というのも進歩してきていますのでご安心ください.吐き気や嘔吐に対して,優れた制吐剤が使えるようになって,嘔吐する患者さんが随分減りました.また,先程説明した白血球減少という怖い副作用も,顆粒球増多因子薬剤(白血球を増やす薬)が使えるようになって,化学療法自体が副作用対策も含めて進歩してきています.

 さて,抗がん剤はなぜ副作用が強いのでしょうか.一言で言えば「選択毒性」がないからです.易しい言葉にいいかえると,抗がん剤はがんに効くのはあたりまえですが,正常な細胞にも作用してしまうために,この作用が副作用として現れるのです.ですから,我々もがんだけに効いて正常細胞には作用しない抗がん剤を心待ちにしています.先程述べました分子標的薬というのは,がんにだけ効いて正常細胞に作用しないという理想的な抗がん剤実現の第一歩ではないかと思っています.ただし,分子標的薬もご存じのように別の副作用があります.

 それでは,抗がん剤というのは必要なのでしょうか.私は必要だと思います.がんが局所に留まっていれば手術や放射線療法はもちろん重要です.しかし,がんが広がってしまえば手術や放射線治療といった局所療法ではがんは制御できません.全身療法としての化学療法の進歩は不可欠なのです.さらにもっとがんに効き,副作用が軽い抗がん剤治療の開発を進めていく必要があると思います.

 私の最後のスライドになりますが,こういうことに注意していただけたらと思います.
肺がんにならないためには禁煙です.もし吸っておられる方がいらしたら今日からでもやめましょう.肺がんにならないためにはどんな良い薬を飲むよりも禁煙が効果があります.45歳以上のヘビースモーカーの方で,血痰の症状があったときは,肺がんの初期徴候の可能性がありますので,できるだけ早く専門医に診てもらいましょう.もし不幸にして肺がんになってしまったら,医師の個人的経験や勘にたよった治療ではなく,しっかりした医学的根拠に基づいた治療をうけましょう.そのためには,この後のパネルディスカッションにもありますが,複数の先生の意見を聞くセカンドオピニオンを利用することも重要ではないかと思っております.


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WJTOG市民公開講座収録ビデオ配布中!!

WJTOGではできるだけ多くの皆さんにがん情報を提供すべく,市民公開講座のビデオを作製し配布中です.

(平成16年9月1日)